残業代対応FAQ

固定残業代(みなし残業)の支払が残業代の支払と認められるための要件を教えて下さい。

 固定残業代(みなし残業)が実質的にも割増賃金の性質を有することを要求する裁判例は以前から存在しており、代表的なものとして、徳島南海タクシー(割増賃金)事件(高松高裁平成11年7月19日判決)があります。本高裁判決に対し、会社側は上告及び上告受理申立をしましたが、最高裁は上告を棄却し、上告不受理としています(平成11年12月14日第三小法廷決定)。
 「そこで、右賃金体系における時間外・深夜割増賃金に係る合意の有無について検討するに、本件協定書においては、基本給85,000円、乗務給13,000円、皆精勤手当5,000円及び超勤深夜手当(歩合割増含)50,600円の合計153,600は、固定給である旨が記載され、定額の超勤深夜手当が固定給に含まれることとされている。」
 「そして、控訴人は、右超勤深夜手当は、労働基準法37条の時間外・深夜割増賃金であると主張するところ、文言上は、そのように解するのが自然であり、労使間で、時間外・深夜割増賃金を、定額として支給することに合意したものであれば、その合意は、定額である点で労働基準法37条の趣旨にそぐわないことは否定できないものの、直ちに無効と解すべきものではなく、通常の賃金部分と時間外・深夜割増賃金部分が明確に区別でき、通常の賃金部分から計算した時間外・深夜割増賃金との過不足額が計算できるのであれば、その不足分を使用者は支払えば足りると解する余地がある。」
 「しかしながら、被控訴人らは、本件協定等による賃金には、名目上は定額の超勤深夜手当を含むこととされているが、控訴人の賃金体系は、水揚額に対する歩合制であって、実質的に時間外・深夜割増賃金を含むものとはいえないと主張するところ、なるほど、名目的に定額の割増賃金を固定給に含ませる形の賃金体系がとられているにすぎない場合に、そのことのみをもって、前記のような時間外・深夜割増賃金の計算が可能であるとし、その部分について使用者が割増賃金の支払を免れるとすれば、労働基準法37条の趣旨を没却することとなる。したがって、右のような超勤深夜手当に係る定めは、実質的にも同条の時間外・深夜割増賃金を含める趣旨で合意されたことを要するというべきである。」
 最後の段落の判断内容は、よく認識しておく必要があります。判別可能性だけを考えて固定残業代(みなし残業)の制度設計をすると、当該固定残業代(みなし残業)は割増賃金としての実質を有しないと判断されかねないからです。北港観光バス(賃金減額)事件(大阪地裁平成25年4月19日判決)は、のように結論付けています。
 「ある手当が時間外労働に対する手当として基礎賃金から除外されるか否かは、名称の如何を問わず、実質的に判断されるべきであると解される。」とした上で、「無苦情・無事故手当及び職務手当は、実際に時間外業務を行ったか否かに関わらず支給されること、バス乗務を行った場合にのみ支給され、側乗業務、下車勤務を行った場合には支払われないことからすると、バス乗務という責任ある専門的な職務に従事することの対価として支給される手当であって、時間外労働の対価としての実質を有しないものと認めるのが相当である。」
 バス乗務をした時だけ支給される手当であれば、実質的にはバス乗務の対価として払われる賃金であって、割増賃金の実質を有しないと認定されてしまいます。
 労基法37条5項、労基則21条各号に限定列挙された除外賃金に該当するかどうかは、名目ではなく実質で判断されることは周知のとおりです。固定残業代(みなし残業)は、労基法37条5項、労基則21条各号に限定列挙された除外賃金に該当しませんが、割増賃金の実質を有する固定残業代(みなし残業)は、割増賃金の算定基礎から除外されることになります。ということは、固定残業代(みなし残業)が割増賃金として認められるかどうかについても、実質的に判断すべきと考えるのが自然といえます。
 固定残業代(みなし残業)の時間須の明示、清算合意(実態)などは、固定残業代(みなし残業)が除外賃金とされ、その支払が割増賃金の弁済として認められるために必須の「要件」ではなく、固定残業代(みなし残業)が割増賃金の実質を有しているかを判断する際に考慮する「要素」と考えるべきではないでしょうか。
 例えば、時間外割増賃金の時間単価が1、250円の労働者の労働契約書に「固定時間外勤務手当として37,500円支払う。」とだけ書いてあり、それが何時間の時間外労働の対価なのかは書かれておらず、差額支払の合意の記載もなかったとします。しかし、時間外割増賃金の時間単価が1,250円であれば、30時間分の時間外割増賃金であり、30時間を超えて時間外労働を行えば追加で時間外割増賃金の支払を受けられることは明らかです。
 毎月、「時間外勤務手当」名目で37,500円支払っていたとしても、それが何時間分の固定残業代(みなし残業)かの明示がなく、差額精算の合意がなければ、時間外割増賃金とは認められないのでしょうか。このような場合であっても、時間数を明示しないと労働者が過不足を計算するのは大変だとか、不足が生じた場合は不足額を追加で支払う旨規定させないと事実上追加額の支払を受けられなくなりかねないといった懸念が生じうることは承知しています。しかし、「時間外勤務手当」のように時間外割増賃金の趣旨であることが明らかな名目で金額が明示されて支払われ、客観的に割増賃金の過不足が計算できる固定残業代(みなし残業)の全てが固定残業代(みなし残業)の支払として認められないという見解は取りにくいと考えます。
 もちろん、固定残業代(みなし残業)が何時間分なのか、差額精算の合意や実態があるかといった事情を軽視しているわけではありません。これらは独立の「要件」ではなく、固定残業代(みなし残業)が割増賃金の実質を有しているかを判断するための重要な「要素」と考えているというに過ぎません。時間外割増賃金は「時間外割増賃金の時間単価×時間外労働時間数」で計算されますから、想定される時間外労働時間数に応じた金額となっているか、想定される時間外労働時間数を超えたら差額が精算されているかは、当該固定残業代(みなし残業)が時間外割増賃金としての実質を有するかを判断する上で重要な考慮要素だと考えます。
 固定残業代(みなし残業)の時間数の明示、清算合意(実態)等を「要件」と考えるから、判断が硬直的になり、その法的根拠の説明に苦慮することになるのです。ちょうど、以前は整理解雇が認められるための「要件」(「整理解雇の四要件」)と考えられていたものが、解雇権濫用(労契法16条)の有無を判断する際に考慮する「要素」(「整理解雇の四要素」)と考えられるようになったのと同じように、固定残業代(みなし残業)の時間数の明示、清算合意(実態)等を、固定残業代(みなし残業)が割増賃金の実質(時間外・休日・深夜労働の対価としての性格)を有しているかを判断する際に考慮する「要素」と考えるべきだと思います。
 そして、原則的な計算方法との乖離の程度、比例関係切断の程度が小さい固定残業代(みなし残業)であれば割増賃金の実質を有していると認められやすく、乖離の程度、比例関係切断の程度が大きければ大きいほど、割増賃金の実質を有しているとは認められにくくなると考えています。
 固定残業代(みなし残業)に関する最高裁判例である高知県観光事件(最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決)やテックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決)からすれば、通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることは、固定残業代(みなし残業)が除外賃金とされ、割増賃金の支払として認められるための最低限の要件といえると思います。この要件を満たさないようでは、上記で述べた割増賃金の実質を有するとはいえないと考えることもできるかもしれません。実務上問題となるのは、何をもって判別可能性があるといえるかということです。
 ファニメディック事件(東京地裁平成25年7月23日判決)のように、「基本給に時間外労働手当が含まれると認められるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分が判別出来ることが必要であるところ(最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決、裁判集民事172号673頁参照)、その趣旨は、時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分が労基法所定の方法で計算した額を上回っているか否かについて、労働者が確認できるようにすることにあると解される。」と考えれば、割増賃金の過不足を「労働者」が確認できなければならないのですから、判別可能性が認められるためには厳格な要件を満たす必要があるという結論に傾きがちです。
 テックジャパン事件最高裁判決櫻井補足意見は、「このように、使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは、罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであるため、時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを法は要請しているといわなければならない。そのような法の規定を踏まえ、法廷意見が引用する最高裁平成6年6月13日判決は、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別し得ることが必要である旨を判示したものである。」「便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが、その場合は、その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。」と述べています。
 しかし、ファニメディック事件判決や櫻井補足意見のように判別可能性の要件を厳格に考えなければならない理由はないのではないでしょうか。何時間分の固定残業代(みなし残業)なのかとか、清算合意があるのかといった実質的な事情は、1の固定残業代(みなし残業)が割増賃金の実質を有しているかを検討するに当たって考慮すれば足りると考えます。
 ことぶき事件(最高裁平成21年12月18日第二小法廷判決)においても、「管理監督者に該当する労働者の所定賃金が労働協約、就業規則その他によって一定額の深夜割増賃金を含める趣旨で定められていることが明らかな場合には、その額の限度では当該労働者が深夜割増賃金の支払を受けることを認める必要はない」とされており、深夜割増賃金の支払があったと認められるための「要件」として、深夜労働時間数の明示や差額清算の合意を要求していません。主戦場は「深夜割増賃金を含める趣旨で定められていることが明らかな場合」該当するかどうかであって、判別可能性との関係では、「一定額の」というだけで十分と考えているように思われます。
 判別可能性との関係では、労基法37条の趣旨を医療法人一心会事件(大阪地裁平成27年1月29日判決)のように「労基法37条の趣旨は、割増賃金等を確実に使用者に支払わせることによって超過労働を制限することにある」と考え、「割増賃金部分が法定の額を下回っているか否かが具体的に後から計算によって確認できないような方法による賃金の支払方法は、同法同条に違反するものとして、無効と解するのが相当である。」と結論付けたり、「通常の労働時間の賃金に当たる部分から当該手当の額が労基法所定の時間外割増賃金の額を下回らないかどうかが判断し得ることが必要であると解される。」(泉レストラン事件東京地裁平成26年8月26日判決)という扱いにすれば十分と考えます。

 固定残業代(みなし残業)の名目が「時間外勤務手当」等、割増賃金であることを推認させるものであればいいのですが、「営業手当」等、その名目から割増賃金あるとは推認できないものについては、賃金規程に当該手当が割増賃金である旨明記して周知させたり、労働契約書にその旨明示して合意したりしておかなければ、固定残業代(みなし残業)が割増賃金であると認めてもらえないのが通常です。
 中小企業などでは、固定残業代(みなし残業)について「口頭」で説明したというだけで十分な客観的証拠が存在しない事例が散見されます。また、固定残業代(みなし残業)について定めた賃金規程を労働者が確認できるようになっていない事案も珍しくありません。これらの場合は、上記で述べた要件を検討するまでもなく、会社側の主張は門前払いとなってしまいます。
 労働協約で固定残業代(みなし残業)を定めている場合は、組合員についてはその内容が労働契約の内容になります。労働協約で定めていれば個別合意などと比べて固定残業代(みなし残業)と認められやすいかという論点があります。労使自治で決めたことですから、裁判所にも労使合意の内容を尊重して欲しいところですが、労基法37条は強行法規ですから、労基法37条に違反するような内容であればその効力は否定されざるを得ないと思います。